ペリ・プシュケース

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おる、ということ。

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 祖父母宅&京都から帰宅しました。濃い三日間であった!
 1日の夜行バスで三重の祖父母宅に向かい、2日3日とご厄介になりました。ご縁があって山崎青樹さんの希少本を頂いたり(写真参照。これがとても素敵な御本なのです。きれつき…!)、祖母に浴衣の着方を教えてもらったり、着物の話をしたり(拙いながら私が着物について話せることが、祖母は嬉しいらしく、それがまた嬉しい)、有意義でした。あ、花火も観ました。きれいだったなあ。隣にちいさな女の子が居て、目をきらきらさせて花火を見つめる様が、鮮烈に記憶に残りました。全身で音を聴いて、光を見ているんだろうな。幼い頃は、花火の音って心臓できいていたのに、今じゃ耳の奥で爆ぜるばかりです。さびしいなあ。
 4日の今日は、京都をおとない、アルスシムラの説明会に出席しました。
 来年度は長野に行きますので、アルスシムラへの進学はできないのですが、志村洋子先生のお話をきくことができ、やはりいつかはこの学校に通いたい、と決意を新たにしました。

 お話をきいてて、ああ、と思ったことを、つらつらと。
 「織る(oru)」とは「祈る(inーoru)」「守る(mーoru)」に通ずるもののような、気がします。
 古来より着物に用いられてきた絹は、蚕が自らの身を守るためにつくった繭よりうまれます。
 またそのまま、着物というのはからだを守るものです。
 そして、誰かが誰かを守るために、織るものです。
 日本語のみなもとを辿ると、蜘蛛の糸のように複雑に絡み合い、けれど理論だって存在する、世界の摂理、のようなものに触れる心地がします。すごい、なんて世界はうまくできているんだろう。

 草木染めに興味を持つと言うことは、魂の渇きに気づいてどうにかしたいと思っていると言うことですよ、と言ったことを、洋子先生が仰っていました。そうなのでしょうか、自分ではまだ、わかりません。どうなんだろう。

 着物をひとつ、仕立てることにしました。阿波しじら織りの、木綿の着物。帯はどうしようかな。
 今月末から、教習所に通わねばなりません…取れるかしら、免許。がんばります。

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