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  ペリ・プシュケース

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ジャスティス・フォー

 バイト先に、日本語の話せない外国人四人組のお客様がきまして、わたわたしながら接客したんですけれども、「このピザってどれくらいの大きさ?大きい?小さい?(英語)」と問われまして(四人で丁度いいくらいですよって伝えたい…が…言葉が浮かばない…)と悩んだ末「Four(ぐるりと四人を円を描くように指差し)just!(親指を立てたポーズ&笑顔)」で乗り切った英語力ゼロの大学生が……この私です……。「Oh! OK! Thank you.」と答えてくれたお姉さんの懐の広さに感謝するしかあるまい。
 日常会話程度のヒアリングなら割とできると思っているのですが、スピーキングがこの上なくカスなのを改めて思い知りました。ふぉーじゃすとってなんだよ、ふぉーじゃすとって。エキサイト翻訳にぶちこんだら「正当な4」って出てきたよ。ピザの大きさ訊かれて正当な4って答えるってどういうことだよ。
 そんなこんなで、朝6時くらいにバイト終わって帰宅して、今はレポートをかちかちしています。今週レポートラッシュなのにバイトが週五で入っていて絶望しました。削られると思っていたのに、まさかの週五。そんなに働きたくない。来週は、働かないぞ……。

 昨日の午前中は、レポートを書くために国立能楽堂に能を観にいきました。狂言は「小盗人」、能は「半蔀」。狂言はなんというか、観るたびに日本人の「笑い」の感覚の源に触れるような感覚がします。口で発する擬音語と擬態語、あとは五七を主体にしたリズム。そして「上向きな滑稽」さ。狂言の笑いの取り方は、自虐というよりは、とても前向きなもののように感じます。役者さんが役柄に合わせておじいさんだったんですけれども(名前を覚えていなくてすみません)素敵であった。素敵な歳の取り方の1パターンを目にした気がする。
 能はね、正直言えば少し寝かけたんですけれども!色々と興味深かったです。もっと講義真面目に受けてればよかったなって、思いました…(←)。
 源氏物語の夕顔の霊が僧の前で源氏との思い出を語りながら舞う、というのがこの演目の見せ場なんですけれども、ツイッターでも呟いたことながら、舞ってる時、僧は夕顔を見てないんですね。身体ごと横に向いていまして。それがやたらと、記憶に残っています。
 漠然と、女性の舞って方向が上だよなって感覚がありまして。「上」って言うのは「かみ」で「神」なんですね。人目をはばかる、神様だけに、捧げる舞。女性が舞うそれは「人向け」の舞ではない。能や歌舞伎は、それを男性が演じることによって、下方修正してる感じがしたりします。下に降ろして、人のもとに降ろす。「聖」から「俗」へ。そういったイメージ。
 今年は先月にバレエ(これもレポートの関係)の「ラ・シルフィード」を観にいったりしました。一応同じ「舞(舞踏や踊りって言った方が良いのかな?)」として捉えた時、では女性も舞台に立つバレエはどうなの、って考えますと、バレエは「股を開く=性的な動作」で下方修正されてるのでは、なんて。でも「女性の舞」はどこまでも神のものだから、悲恋が多いんじゃないかなあとか。ジゼルにシルフィード、白鳥の湖なんかのロマンティックバレエよりの作品は、悲恋が多いんですよね。女は結局、異界で生きるしかない。
 これが、チュチュがどんどん短くなる、現代的なバレエに移行していくと、ストーリーラインはさほど重視されなくなり、ダンスを見せる舞台へと変わっていくのですよね。より足が見えるようになり、よりエロティックになる。それがまた、興味深いなあと思ったり。
 ブラックスワンをもう一回みたいなあ、なんて思ったりしている、今日この頃です。あの作品の上映時はTLが盛り上がっていたなあ。なつかしい。

 今日も19時からバイトです。うわー、がんばろ。がんばろ。

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